2006年06月27日 (火) | 編集 |
確か大学生のときに買ったものの、まだ読んでいなかった(!)、サガンの『悲しみよこんにちは』を突然読み始める。
昔チラリとイントロ部分を読んだときに、確かあまり面白く感じなかったのだ。
でも今は、面白い。
憧れとか、悲しみとか、諦めとか、我慢とか、孤独とか、
そういう感情がどんなものか理性で分かると読んでナルホドと理解できるのだった。
若いうちはね、読んでも分からなかったかもしれない。
本には「読まれる時」というのがあるのかもしれない。
そのときに読まなければ面白くないもの、
普遍的に面白いもの、
もう刺激を失って面白くないもの。
少なくともわたしにとって、サガンは「今」だろう。
ちなみに、ヴォネガットの「タイタンの妖女」はまだ読めないでいる。まだその時期が来ていないのだ。
早く読みたいのだけど、ページを繰ってもイマイチ気分が乗らない。
クライブ・カッスラーの「ダーク・ピット」シリーズは、わたしの中では旬が終わりかけている。でもまだ何冊か未読だ。どうしよ。
村上春樹の「羊」〜「ダンス」までは、普遍的にいつもキてる。スプートニク以降はダメだ。そんなに読者に任せないで欲しい。負担部分が大きい。
最近は、ノンフィクションが面白い。アメリカもの、戦争と広告もの、そのあたり。ドラマ『24』と同じくらい、本物(のアメリカ)も面白い。
「もう一戸建てに引っ越すから、本を減らさなくて良いんだ」
という事実に気づき、もう増やさないように注意していた本が再び増え始めている。
引っ越しは趣味のひとつだったけど、本を制限なく買えるという生活もまた良いものだなー。
どっちが良いかといわれたら・・・うーん・・・
いくつか家があって、それぞれにたっぷりと未読の本があって、気分によって引っ越すという生活かな。
答えになってにゃい!
昔チラリとイントロ部分を読んだときに、確かあまり面白く感じなかったのだ。
でも今は、面白い。
憧れとか、悲しみとか、諦めとか、我慢とか、孤独とか、
そういう感情がどんなものか理性で分かると読んでナルホドと理解できるのだった。
若いうちはね、読んでも分からなかったかもしれない。
本には「読まれる時」というのがあるのかもしれない。
そのときに読まなければ面白くないもの、
普遍的に面白いもの、
もう刺激を失って面白くないもの。
少なくともわたしにとって、サガンは「今」だろう。
ちなみに、ヴォネガットの「タイタンの妖女」はまだ読めないでいる。まだその時期が来ていないのだ。
早く読みたいのだけど、ページを繰ってもイマイチ気分が乗らない。
クライブ・カッスラーの「ダーク・ピット」シリーズは、わたしの中では旬が終わりかけている。でもまだ何冊か未読だ。どうしよ。
村上春樹の「羊」〜「ダンス」までは、普遍的にいつもキてる。スプートニク以降はダメだ。そんなに読者に任せないで欲しい。負担部分が大きい。
最近は、ノンフィクションが面白い。アメリカもの、戦争と広告もの、そのあたり。ドラマ『24』と同じくらい、本物(のアメリカ)も面白い。
「もう一戸建てに引っ越すから、本を減らさなくて良いんだ」
という事実に気づき、もう増やさないように注意していた本が再び増え始めている。
引っ越しは趣味のひとつだったけど、本を制限なく買えるという生活もまた良いものだなー。
どっちが良いかといわれたら・・・うーん・・・
いくつか家があって、それぞれにたっぷりと未読の本があって、気分によって引っ越すという生活かな。
答えになってにゃい!
| ホーム |